お知らせ
はじめての試みなのですが、一年を振り返って情報発信サイト「カタオカラボ」のアクセスランキングを発表してみたいと思います。当サイトは大きくわけて「ICT」と「読書」になっていますので、こちらのページでは読書(UD&電子書籍)に関するTOP10にしたいと思います。
●2011アクセスランキングTOP10 UD&電子書籍・編
- カタオカラボ(電子図書の勉強会) ←トップページ
- 東京は予算5.74億円!どう使う?「新しい公共支援事業」 ~新しい公共の担い手のための基盤整備を考える緊急フォーラム~
- eye eye福祉機器展2010―視覚障害者のための生活用具展示会―
- 勉強会について ←カテゴリー
- [マルチメディアDAISY版]日本文学の名作100冊 ←カテゴリー
- 電子書籍について ←カテゴリー
- お知らせ ←カテゴリー
- 講習会について ←カテゴリー
- 読み書き困難な人にも読みやすい本の紹介。仮称・LD図書館 ←カテゴリー
- UD(ユニバーサルデザイン)について ←カテゴリー
記事よりもカテゴリーを選ばれてご覧になられている読者の比率が高いようです。試演の予算に関するフォーラムのアクセス数が多かったので行政の情報を求めてご覧になられている方が多いのかもしれません。これからも地道データの収集を行なって、個別な情報だけでなく行政の支援状況などマクロな情報も掲載できるように試みたいと思います。
管理人の都合により更新頻度が落ちてしまい恐縮ですが、当サイトはこれからも地道に続きます。今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。
国立国会図書館が運営している 国際子ども図書館ホームページ に東日本大震災と子どもの読書についての情報が掲載されていました。多くの情報がリンクされていますのでご参照くださいませ。

参考:国際子ども図書館
http://www.kodomo.go.jp/
http://www.kodomo.go.jp/
当サイトのコンテンツが増えたためカテゴリーも10以上に増えました。そのため、カテゴリーの番号を増やし一部の記事はURLが変更になりました。
新しい「リンクについて」は、http://study.kataoka-lab.com/97/aboutlink.html からご覧いただけます。どうぞ、よろしくお願い致します。
新しい「リンクについて」は、http://study.kataoka-lab.com/97/aboutlink.html からご覧いただけます。どうぞ、よろしくお願い致します。
▼文部科学省:東日本大震災子どもの学び支援ポータルサイト
http://manabishien.mext.go.jp/
文部科学省によりますと、
この「東日本大震災・子どもの学び支援ポータルサイト」は、被災地域で現在どのような支援を必要としているのかを各地方公共団体や教育委員会等を通じて掲載 していただくとともに、支援をご検討いただいている地方公共団体・教育委員会・学校・企業・NPO等がどのような支援を提供することができるのかについて ご登録いただくことにより、被災地域での支援が円滑に行われることを目指し、作成したものです。とのことです。
▼東北地方太平洋沖地震緊急遠隔手話通訳ネットワーク緊急情報提供特設サイト
http://shur.jp/jishin/
お世話になります。管理人です。
外国から東北の支援団体へ義捐の申し出があったとご連絡いただきました。
以下に情報を貼りつけさせていただいます。
---
花風社の浅見淳子です。
今回の震災で被災されました方々に
心よりお見舞いを申し上げます。
方々で不自由な生活を強いられていますが
復興の歩みは始まっています。
手に手を取り合って
新しい日本を作っていきましょう。
さて、アメリカの障害児支援団体より
被災地での支援に当たる日本の障害児支援団体に義援金の申し入れがありました
ので取り急ぎご連絡いたします。
詳しくは下記の私のブログ、3月21日のエントリーをごらんください。
http://blog.goo.ne.jp/tabby222
このメールは広く拡散していただいて結構です。
ブログや掲示板に貼り付けていただいてもかまいません。
必要な方のもとに情報が届くよう、ご協力いただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
浅見淳子
==
(株)花風社
〒106-0044
東京都港区東麻布3-7-1-2F
mail@kafusha.com
http://www.kafusha.com
電話 03-6230-2808
ファクス 03-6230-2858
外国から東北の支援団体へ義捐の申し出があったとご連絡いただきました。
以下に情報を貼りつけさせていただいます。
---
花風社の浅見淳子です。
今回の震災で被災されました方々に
心よりお見舞いを申し上げます。
方々で不自由な生活を強いられていますが
復興の歩みは始まっています。
手に手を取り合って
新しい日本を作っていきましょう。
さて、アメリカの障害児支援団体より
被災地での支援に当たる日本の障害児支援団体に義援金の申し入れ
ので取り急ぎご連絡いたします。
詳しくは下記の私のブログ、
http://blog.goo.ne.jp/tabby222
このメールは広く拡散していただいて結構です。
ブログや掲示板に貼り付けていただいてもかまいません。
必要な方のもとに情報が届くよう、
どうぞよろしくお願いいたします。
浅見淳子
==
(株)花風社
〒106-0044
東京都港区東麻布3-7-1-2F
mail@kafusha.com
http://www.kafusha.com
電話 03-6230-2808
ファクス 03-6230-2858
世の中のユニバーサルデザインを考えていく上で大変重要だと思われるブログ記事がありました。出典元を明記すれば転載可とのことでしたので、以下に転載させていただきます。
以下に転載させていただいた記事の出典元は、2011-03-18 09:07:04に更新された「Deaf and Research の日記」(http://ameblo.jp/deaf-psychotherapis/entry-10833891072.html)です。
---
【重要】東北関東大震災を体験してのろう者の思い(避難所からのレポート)
<訂正>下記の中にブギーボードについてのことがありましたが、実際には薄暗
いところならなんとかみえます。真っ暗では使えません。
使いたい場合は、前もってご確認してから使用して下さい。ご注意くださ
い。(3月18日午前10時にて)
3月11日(金)に東北関東大震災が起き、
仙台にいたことから、震災に巻き込まれ、さまざまなことがありました。
私がろう者ということもあり、
避難所にいながらできるだけ詳細に体験をノートパソコンや手帳に記録しておきました。
ろう、難聴者、聴覚障害者のさまざまな問題、情報リテラシーなど、
多くの方々に理解してもらえば幸いです。
なお、下記の内容は引用/転送可です。但し、引用/転送元(ブログ名、ブログアドレス)を明確にして下さい。
3/11(金)
所用があって、仙台に行く。午前11時前にM大学について、同じろう者研究者であるMさんと会う。データ分析共同作業をする。M大学の食堂でお昼を食べて、ふたたびデータ分析共同作業をする。
午 後2時半過ぎに、揺れを感じる。はじめはゆっくりのような、突然大きく揺れる。同じ部屋に一緒にいたMさんともう一人と廊下に出る。もう一人の人が駆けて くる。4人で壁に手をあてて立つ。揺れが長く大きい。立っていられないが、なんとか立てた。おさまったあと非常階段をおりて、外へ。何度も余震が起きる。 グランドに避難。Mさんと私は、私の帰り方法について話し合う。
そのあと、Mさんの車で仙台市内に向かう。電気/ガス/水道すべてとまっている。 ライフラインがストップ!!iphoneはなんとかツイッターができる。SMS、MMSは通じない。宮崎にいる夫にSMSを送るが届いたかどうか不明。ツ イッターで「M大学でMさんと一緒にいるが、地震にあってショック。とりあえず怪我なし。みんな大丈夫」(3/11 15:30)と報告する。夫にツイッターをやらせることを決心。
渋滞にあう。一般道路は信号がつかない。なので交差点では注意して走る必要。Mさんは注意して走っていた。車のカーナビでTVをみる。
交通情報がテレビの横にでている。新幹線もストップか。仙台駅は立ち入り禁止?「ホテルを探して泊まって様子をみる必要だね」とMさんと話し合う。
(後になって考えてみると、そのときカーナビで出ていた映像は仙台駅付近の状況であった。もしかしたら、音声では仙台市外のことを言っていたのかもしれない。仙台駅付近の映像だけみていたのでひどい被害状況とは思わなかった。)
停電になったときTVはカーナビか、携帯ワンセグが必要になる。
そのワンセグも電波が届くかどうかによって使えなくなるが。。。。
大事な道路では信号が優先的についていた。
渋滞がひどいので、そこでMさんの車からおりる。ホテルがあるところまで歩いていけるので。
(後で考えてみると、そこでMさんと別れるべきではなかったと思う。映像だけをみて判断した。そこで情報キャッチの差が出たと思われる)
3カ所のホテルを回る。ところが、すべて一時閉業しますと言われた。
なので、とりあえず、仙台駅に向かう。
途中、アンケードを歩いていると、ビルの装飾がおちたり、ビルの壁の一部がはがれ落ちたりしていて、歩けない通路があった。
コンビニは閉まっているところもあれば、開いているところもあった。
閉まっているコンビニの中をちらっと覗いたら、品物が床にたおれ散らばっている、ひどい状況。ドアの前にゴミ箱(コンビニ用の)が移動され、入れないようになっている(強盗防止???)
別のコンビ二では、ドアの前に行列ができている。疑問に思ってドアのところをよく見てみたら、お店の人(男性)が一人ドアの前になっていて行列の整理をしていて、張り紙があった。「店内を片付けているのでお待ちください」と。
駅 にいくと、駅の中に入れない状況。スーツケースをかかえているサラリーマンたちが駅員さんになにか言っている。新幹線の切符をもっていたので、きっと出張 でどこかにいくのか、東京に戻るひとたちなのか?駅員さんが何かいって指差していて、指差した方角に、サラリーマンさんたちがスーツケースをかかえて歩き 出す。駅員さんがいったことにおとなしくしたがっているよう。
「耳が聞こえないんですけど、何ですか?」とメモを駅員さんに見せたが駅員さんは何 か言って指差している。みんな、指差す方向に歩いているから、とりあえず、私もついていってみよう。そしたら、駅前Mホテル仙台だった。あ、ここなら泊 まってもいいのかな?と思って、ロビーに入る。暗い。そしたら、ロビーにたくさんの人たちがサゴ寝している。。。。あ、もしかしたら部屋に入った人たちが ロビーに集まってきたのかな?ってことは、客室には泊まれないってことだよね?うーん。聞いてみようかな?
その前にトイレ!トイレに行きたくて我慢していた!
トイレに並ぶとあまりにも暗い。懐中電灯をスタッフがもって照らしてくれる。
大変だ。
トイレに入って、水が使えないのでつかったペーパーをトイレに流さずに、別の袋に入れた。でも便器の中にはペーパーがいっぱい。手も洗えないので、消毒用アルコールをかける。
フロントに行ってメモを取り出して
「耳が聞こえません。駅員さんがここを指差していたんですけど、朝までいてもいいんですか?」と書く。「はい、大丈夫でございます!」と書いてくれる。そのことばに震災でも接客プロの根性を感じた!!
で、毛布はどこで貰えばいいのだろうか?わかんない。
とりあえず、階段のところに座る。
18時になる。暗いのであるくときには、携帯の画面の光をたよりに歩く。
携帯の電波が悪く、圏外になってしまう。
携帯SMS,MMSが通じない。やっと携帯Eメールが通じるようなので、夫のパソコンに試しに送ってみる。ツイッター登録してということと交通事情を調べて、と携帯Eメール送る。届いたかどうか分からない。その直後に圏外になってしまった。
ホテルの外に行ってみたが、圏外に。あれ??????どうしたんだろう???
地下でもないし。。。
何度もホテルの外に出る。でも圏外のまま。
どうしたんだろう?ツイッターできない。メールもできない。
状況どうやってつかめばいい???
懐中電灯があっちこっちにおかれてあるが
やはり暗い。
ろう者にとってはますます不安になってしまう。
じーっとしたほうがいい?でも暗くてこわいよー。
どうしたらいい?こんなときに?
ああ、ブギーボード(暗闇でもできる筆談ボード)持ってくれば良かった!!
私はパソコンをもってきていたので、パソコンを開く。
バッテリー時間、大丈夫やー。
携帯を見ても圏外だし。。。。
ロビーの中をうろついてみる。
大きな筒鍋がいっぱいおかれている。
その数が増えていく。
雨漏りがひどくなっている。
21時過ぎに、突然、ホテルのスタッフがアナウンスをし、
懐中電灯を照らした。
みんなが一斉に移動し始めた。
「???」
懐中電灯を振り回しているホテルのスタッフ(ちょっとしたおじさん?)に「耳が聞こえませんが、何があるのですか?」と書いたメモをみせる。でも口で何か言っている。ゆっくり、と言っても、全然口が見えない。
ダメだ、こりゃ。
訳分からないけど、ついていこう、だめだったらもどればいいじゃん。
みんなのあとをついていく。階段を下りていくようだ。
地下に移動していく。ん?両側にレストランが並んでいる?
ちょっとあるいたなあと思ったら、
明るくなっていた。ああ、光がある!ほっとした。
広場があって、段ボールがたくさん敷かれてあった。ホテルのスタッフが段ボールをあつめて敷いてくれた。(あとで、Mさんに聞くと、仙台駅の地下にあたるエスパルというところらしい)
ちょっと壁に背が当たれるような所を選んで座る。毛布もあった。
近くにコンセントがあるので試しに携帯の充電器を差し込んでみるがダメだった。明かりだけついているみたいだね。携帯の電池もなくなりかけているし、
エネループの充電用電池につなげる。携帯の電源も切る。
22:00ごろ、ホテルのスタッフがきて水とパン、クッキーなどを配りにきた。
グレーの公衆電話があって、みんな並んでいる。
災害用伝言ダイヤルなのね。で、ろう者はどうやってやるんだ?
携帯も圏外だし。
とにかく寝よう。とにかく寝て体力温存して、明日の朝、情報収集してあっちこっち歩き回ろう。
携帯も圏外だし、しょうがない。
ダメだ。眠れない。しょうがないからちょっとだけパソコンでデータ入力をする。30分ほどやったら眠くなってきた。寝よう。
3/12(土)
途中で寝返りを何度も打つ。それを繰り返し、途中4時頃トイレにいって、
寝てまた目が覚めて寝て、と繰り返していると
朝6時になる。(3月12日の朝)
トイレに行く。水が出ないので顔が洗えない。
床に座って、仙台駅に行ってもう一度情報を集めてみようかな?と思ったら、
ホテルのスタッフが新聞を配り始める。
新聞を受け取って読んでみると、
あまりの被害さに愕然。そんなにひどかったの?
知らなかった。。。。
(ここで、情報の差を知った)
じゃあ、東京に帰れないの???
7時過ぎに、ホテルスタッフが何か言っているよう。みんなに何か言っているみたい。周りにいる人たちが次から次へと立ち上がって荷物を片付けている。
新幹線が復旧?と思っていると毛布にくるまって残っている人も。
私は??と思って、メモに書いて
ホテルスタッフのやさしそうなお兄さんがとおりかかったときに
メモを見せる。「すみませんが、耳が聞こえません、周りの様子が分かりません。しんかんせんの方はどうなりましたか?」(メモ)
お兄さんスタッフは「はい、しんかんせんのふっきゅうはメドがたっていない。高速バスもまだ。ひなんじょがあります。近くまで案内します。ひなんじょにいたら交通情報も入るので、ごはんもある」と書いた。
そこで、お兄さんスタッフのあとについてホテルの外にでる。
お 兄さんスタッフが地図をわたしてくれて、小さな紙とペンも渡してくれて「よび」とメモする。地図を見せて「まっすぐいけばA小学校」と身振りで説明する。 「みんなのあとをついていって」と書いてくれた。「ありがとうございます」と手話でかえし、みんなのあとをついて歩いていく。
地図をもって、A小学校へ。
体育館の中に入る。体育館の前に仮設トイレが4つあった。
舞台の上が本部のよう。とりあえず舞台のところに行ってみる。
名前と住所をかく。
舞台の上にいる人にメモをみせて「耳が聞こえません。東京からきました。何かあるのか教えてください」。
舞台の上にいるスタッフ数人が顔を見合わせて何か話し合って
「新幹線はまだメドがつかない。高速道路はどうなんだろう?」と書く。
「どこにいけば情報が分かりますか?ケータイが圏外なので」(メモ)
「ここにいて下さい。ここが一番です。ここ(舞台の上)で楽して下さい」(メモ)と書かれ、舞台の上にある敷き布団の上に案内される。
ちょっとほっとする。本部の中のようだから情報が入るかな?
メモで対応してくれたスタッフが、「保健師」と言う。
しばらくしたら、視覚障害者のような方が舞台の上にくる。
どうやらM区に住む視覚障害者のよう。
同じ敷き布団の上で二人で座る。
保健師といったスタッフが、名前と住所を書くようにと を渡され、書く。
保健師スタッフがアナウンスがあった紙(原稿と思う)をみせてくれる。
「一人ですか?」とメモ。うんとうなずく。
しばらくして
「トイレにいってきます」(私のメモ)
「外にある仮設トイレを使って下さい」(保健師スタッフのメモ)
もどってくると、
「もうすぐ配給がきます」(保健師スタッフのメモ)
「ごはんの配給始まりました。私がもらってきますが、今は混み合っていますので少しお待ちください」(保健師スタッフのメモ)
あいかわらず携帯が圏外。
配給された食事(紙コップの中に入ったおかゆみたいなの)を食べる。
保健師スタッフから「紙コップ、わりばしは捨てないで下さい。また使います」とメモ。
まだ、ここにいないといけないの?とショック。。。。
避難所の外に出て、電波が届く所を探してみる。10分後アンテナが立つ。
メールは通じない。ツイッターならできる!!!
3/12 11:00ごろMさんにツイッターをする。すぐリプライがある。
いったん避難所に戻る。
12時半ごろ避難所に電気が通ったようで、天井のライトが付く。
すぐにコンセントに携帯のコードを差し込んで充電する。ツイッターもSMS,MMS,携帯Eメールもできた。でもウエブ検索ができない。
3/12 12:42夫にSMSして、バスを調べてほしいと。
ともかく携帯が圏外脱出のようで、ほっとして涙が出る。
「やっと携帯の電波がつながる。避難所で待機している。交通情報がつかめない。新幹線無理でも普通電車やバスで帰りたい。寒くて熱出そう」ツイッターで報告をする。
クラッカーの配給がされる。
受け取って、クラッカーを食べながら携帯の操作。
ツイッターを使って、交通事情について情報提供を求める。
そのときに、遠くにスケッチブックをもって周りに見せながら歩き回っている人がいる。
舞台の上にやってくる。
保健師スタッフが、その人と私を会わせてくれる。
そ の人が持っていたスケッチブックに「耳の聞こえない人いませんか?」と書かれてあった。その人(聴者)が私の前に座って手話で「困っていることない?」と 聞く。「東京から来た。交通情報が知りたい。」と手話でいうと、「2~3日新幹線は無理だろうのこと」と返事。絶句していると、「寒くない?」と聞かれ る。なので「寒い」というと、「分かった。私の家が近いので、毛布を持ってくる」とおっしゃった。「アナウンスとかコミュニケーションとかは?」と聞か れ、「今は、保健師スタッフがメモで書いてくれる」と手話で説明しながら、保健師スタッフが書いてくれたメモをみせた。メールアドレスを教えてもらい、手 話ができる聴者は舞台からおりていった。通訳者なのか、手話サークルのメンバーなのかは知らないが、ほんとうにほっとした。
家族(妹、母)からも連絡があった。ただし、妹、母がメールを送ったのは3/11の夕方あたりだった。それが今頃届くとは。
保健師スタッフさんから「水道も出るようになりましたよ」とメモをもらう。
よかったね、と拍手する。
疲れたせいか、ちょっと横になる。うとうととしてると
さっきの、手話の聴者がきて、毛布をもってきてくれた。古バスタオル2枚、靴下を1足。古バスタオルは腰や首にまけば寒さを防ぐことができるのこと。「もし帰ることがあったら、毛布はそのままにしておいて」とおっしゃった。
ツイッターで職場の先輩たちに交通方法についていろいろと尋ねる。
3/12 15:00以降、携帯が圏外になる。泣きたくなる。
17時頃、保健師スタッフさんがやってきて、「帰ります。ちゃんとあとのことは引き継ぎしておきます」と。
携帯のワンセグ(私のiphone用にはそういうのをまだ買っていなかったので)があれば。。。と思ったり、パソコンを持っているが、パソコンにつけるUSBのワンセグを家においてきたことを後悔したり、あれこれと持ってくれば良かったと後悔する。
そして、携帯が圏外になってしまったので、電波って軟弱。。と思う。
地震のときでも圏外にならない電波がほしいと思ったり。
19時頃、みんなが騒ぐ。アナウンスがあったが何かわからない。
補聴器にはいろいろな音が入っているが、アナウンスなのか、人の声なのか、足音なのか、ものが動いた音なのかさっぱりわからない。
どうやら、食事がくばられてるよう。みんなが次から次へとご飯をもっている。
配給なのか?と気づく。本部に誰もいない。
教えてくれないの?と思いながら、並んでみる。
舞台の上にいたので、みんなの様子が見えたことが幸いだった。
舞台の上ではなく、体育館の床の上とかだったら、みんなの動きが見えず、気づかなかったのかもしれない。。。もしくは寝ていたらどうなっていたんだろう。。。メモを隣にいる視覚障害者に見せても分かんないし、私の声も通じないし。
並 んでいるとき、舞台の上で私の隣で寝ていた視覚障害者の分は?と気づく。そのときに私の番になったので、もらってきて、その方に渡す。誰もその方に食事を 配っていなかったようだ。足が悪くて歩きにくいようなので、並べないようだ。おまけに、私たちがいるところは舞台の上で、舞台の下にいるひとたちとは離れ てるので、すぐに動きにくい、声かけにくい場所と気づく。
別の行列もあるようで、なにかコップみたいなのを抱えているので、何だろうと思って、お昼に貰った紙コップをもって並んでみる。私の出番になったときにみそ汁と分かった。それを舞台の上に持ち帰って、隣に座っている視覚障害者の方に渡す。
食事はみそ汁とおにぎり。冷えているけど助かる。
食べ終わって2時間後に、おじさんスタッフがやってきて身振りで「たべた?」と。
本部に何人かスタッフがもどってきたようなので、
「耳が聞こえませんので、アナウンスなどはメモ下さい。何か情報あれば書いて下さい」とメモをみせると、「大丈夫」と言われる。
マイクの機械?のようなものがもちこまれたようで、誰かがマイクもって話している。
周りの人に「何ですか?」と聞いてみると「大丈夫」と。
気がついたら、舞台の上にラジオがある。
「何か情報あります?」とラジオの内容を聞こうとしたら「うん、まってね」と、それっきり。
自力で情報収集しないと、と思い、携帯が圏外なので
明日は直接仙台駅に行って聞いてこようと思う。
でも荷物はどうしよう。。。荷物を避難所に置いてもいいのかな?それとも持っていこうかな?あれこれ考えてしまう。
本部にある机の上にパンフレットがあることに気づいて
ちょっとみてみたら、
外国人サポートに関するパンフレットだった。英語、中国語、韓国語などによるサポートが受けられる電話番号などの案内。
えーっと、障害者やろう者のためのサポートのパンフレットないの?
携帯のアンテナが戻ったら調べよう。
3/13(日)
うとうとしながら、携帯で時刻を確認するというのを繰り返して、3/13の朝3時ごろ、アンテナが3本立っていることに気づく。
とたんにメールがドッとくる。3/12に送ってくれたものばかり。
ツイッターで現状報告をたくさん書く。
船酔いのような感覚が続く。
6時ごろ、携帯が圏外になり、どうしようと思ったが、すぐにアンテナが3本たつ。
夫、父からメールがくる。ツイッターで職場の先輩たちや友人たちがいろいろな交通情報を送ってくれる。きっと、みなさん寝ていなかったのだろうか??
ようやく、7時半ごろにツイッターでMさんから連絡があり、
Mさんが、山形に実家があり、山形から帰る方法があるので、一緒に山形に行きませんか?と。
すぐにもお願いしますとリプライをする。
新聞が配られたので、それを読んでみる。悲惨な地震であった。宮城だけではなく岩手まで。。。
ノートパソコンの充電をする。
なんか向こうにみんなが集まっているようなので、何かあるのかな?アナウンスがあったのかな?と思って行ってみると、携帯を充電するために集まっていたようだった。
壁とかに様々な情報の紙をはってくれたらいいのに、と思ったり。
Mさんと山形に行くメドがついたので、夫や父に連絡する。
避難所の掃除やゴミ拾いをする。アナウンスがあったが、私は分からなくて、
周りの人の行動をみて、あわててやる。サルみたいでくるしい。
ようやく、12時前になって、携帯のメールがほとんど通じるようになってきた。ホントにツイッターがなかったらほんとうに無理だったと思う。
ツイッターが通じてメールが通じないのもおかしい。
その同時に、情報リテラシーってむずかしいと。
携帯が使えない高齢ろう者、ろう者たちはどうするんだろう。。。
自分から「書いて下さい」とお願いしたり情報を求めたりすることがなかなかできないろう、難聴、聴覚障害者の現状に思いをはせる。
「書いて下さい」とお願いしても「ああ、分かった」と言われたりめんどくさそうに対応されたりひどいように扱われたりすることが積み重なると、
自分から行動を起こす力を奪われてしまう。
そういった現状にいたったのは
ろう、難聴、聴覚障害者自身ではないということを、
どこまで社会は分かっているのだろうか。社会はそんなことはないというが、現実をどこまで分かっているのだろうか。
12時過ぎにMさんと合流。Mさんのお父様が山形から迎えにきていたらしい。お父様の運転で、Mさん夫婦と一緒に、山形に向かう。
疲れてしまい、車の中でうとうと。
山形に入って目がさめたら、Mさんが携帯で宮城の聴覚障害者もしくは自分の大学の学生たちの安否情報を一生懸命確認してる。Mさんも疲れているのに。
Mさんと山形から帰る方法について話し合い、
山形から新潟までのバスがあるセンターまで行き、切符の予約をする。
16 日の切符しかとれず。バスセンターは人混みがひどい。みんな仙台から避難したのかな。新潟までバスでいって、新潟から東京まで上越新幹線という方法もある ので、とりあえず、16日のバスのルートはおさえた。あとは飛行機で帰る方法を確保するだけだ。職場の先輩たちや妹に協力をもらって飛行機の情報をもら う。Mさんのご実家に滞在させていただいた。そして、携帯で航空券の確保に集中し、15日東京に戻る航空券を確保できた。Mさんのご実家でいただいた温か いご飯にどれだけ救われただろう。。。
3/14(月)
昨日、寝るときに気づいた。やっと補聴器と,メガネを外せたことに。11日夜、12日夜、ずっと補聴器やメガネを外さずに寝ていたことに。
(どれだけ自分が情報を得られなかった、音声情報の内容が分からないことの不安がどれだけ大きかったか、だから補聴器をつけて寝ていたんだ。。。と)
飛行機で帰る日まで、Mさんのご実家にお世話となっている。
M さんがインターネット、携帯などを酷使して宮城のろう者協会と連絡取り合いながら、宮城の聴覚障害者もしくは自分の大学の学生たちの安否確認および安否情 報発信作業を行っている。Mさんの状態がよくなさそう(くまができている)。早く、支援体制ができてほしいと思わずにはいられない。同時にろう、難聴、聴 覚障害者のメンタルヘルス支援も考えてもらいたい。
3/15(火)
飛行機に乗って、飛行機の窓から東京が見えてくるとホッとするとともに、震災の悲惨さを痛感する。
※ 避難所にいながら書いたものなので、文章の間違い、誤字脱字があってもできるだけ修正せずにそのままにしています。当時の不安などがよくわかると思いますので。
※ なお、赤字のものは帰京して日記を読み直して後日思ったことです。
※ ツイッターやiphone関係の用語がたくさんありますがご承知ください。
以下に転載させていただいた記事の出典元は、2011-03-18 09:07:04に更新された「Deaf and Research の日記」(http://ameblo.jp/deaf-psychotherapis/entry-10833891072.html)です。
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【重要】東北関東大震災を体験してのろう者の思い(避難所からのレポート)
<訂正>下記の中にブギーボードについてのことがありましたが、実際には薄暗
いところならなんとかみえます。真っ暗では使えません。
使いたい場合は、前もってご確認してから使用して下さい。ご注意くださ
い。(3月18日午前10時にて)
3月11日(金)に東北関東大震災が起き、
仙台にいたことから、震災に巻き込まれ、さまざまなことがありました。
私がろう者ということもあり、
避難所にいながらできるだけ詳細に体験をノートパソコンや手帳に記録しておきました。
ろう、難聴者、聴覚障害者のさまざまな問題、情報リテラシーなど、
多くの方々に理解してもらえば幸いです。
なお、下記の内容は引用/転送可です。但し、引用/転送元(ブログ名、ブログアドレス)を明確にして下さい。
3/11(金)
所用があって、仙台に行く。午前11時前にM大学について、同じろう者研究者であるMさんと会う。データ分析共同作業をする。M大学の食堂でお昼を食べて、ふたたびデータ分析共同作業をする。
午 後2時半過ぎに、揺れを感じる。はじめはゆっくりのような、突然大きく揺れる。同じ部屋に一緒にいたMさんともう一人と廊下に出る。もう一人の人が駆けて くる。4人で壁に手をあてて立つ。揺れが長く大きい。立っていられないが、なんとか立てた。おさまったあと非常階段をおりて、外へ。何度も余震が起きる。 グランドに避難。Mさんと私は、私の帰り方法について話し合う。
そのあと、Mさんの車で仙台市内に向かう。電気/ガス/水道すべてとまっている。 ライフラインがストップ!!iphoneはなんとかツイッターができる。SMS、MMSは通じない。宮崎にいる夫にSMSを送るが届いたかどうか不明。ツ イッターで「M大学でMさんと一緒にいるが、地震にあってショック。とりあえず怪我なし。みんな大丈夫」(3/11 15:30)と報告する。夫にツイッターをやらせることを決心。
渋滞にあう。一般道路は信号がつかない。なので交差点では注意して走る必要。Mさんは注意して走っていた。車のカーナビでTVをみる。
交通情報がテレビの横にでている。新幹線もストップか。仙台駅は立ち入り禁止?「ホテルを探して泊まって様子をみる必要だね」とMさんと話し合う。
(後になって考えてみると、そのときカーナビで出ていた映像は仙台駅付近の状況であった。もしかしたら、音声では仙台市外のことを言っていたのかもしれない。仙台駅付近の映像だけみていたのでひどい被害状況とは思わなかった。)
停電になったときTVはカーナビか、携帯ワンセグが必要になる。
そのワンセグも電波が届くかどうかによって使えなくなるが。。。。
大事な道路では信号が優先的についていた。
渋滞がひどいので、そこでMさんの車からおりる。ホテルがあるところまで歩いていけるので。
(後で考えてみると、そこでMさんと別れるべきではなかったと思う。映像だけをみて判断した。そこで情報キャッチの差が出たと思われる)
3カ所のホテルを回る。ところが、すべて一時閉業しますと言われた。
なので、とりあえず、仙台駅に向かう。
途中、アンケードを歩いていると、ビルの装飾がおちたり、ビルの壁の一部がはがれ落ちたりしていて、歩けない通路があった。
コンビニは閉まっているところもあれば、開いているところもあった。
閉まっているコンビニの中をちらっと覗いたら、品物が床にたおれ散らばっている、ひどい状況。ドアの前にゴミ箱(コンビニ用の)が移動され、入れないようになっている(強盗防止???)
別のコンビ二では、ドアの前に行列ができている。疑問に思ってドアのところをよく見てみたら、お店の人(男性)が一人ドアの前になっていて行列の整理をしていて、張り紙があった。「店内を片付けているのでお待ちください」と。
駅 にいくと、駅の中に入れない状況。スーツケースをかかえているサラリーマンたちが駅員さんになにか言っている。新幹線の切符をもっていたので、きっと出張 でどこかにいくのか、東京に戻るひとたちなのか?駅員さんが何かいって指差していて、指差した方角に、サラリーマンさんたちがスーツケースをかかえて歩き 出す。駅員さんがいったことにおとなしくしたがっているよう。
「耳が聞こえないんですけど、何ですか?」とメモを駅員さんに見せたが駅員さんは何 か言って指差している。みんな、指差す方向に歩いているから、とりあえず、私もついていってみよう。そしたら、駅前Mホテル仙台だった。あ、ここなら泊 まってもいいのかな?と思って、ロビーに入る。暗い。そしたら、ロビーにたくさんの人たちがサゴ寝している。。。。あ、もしかしたら部屋に入った人たちが ロビーに集まってきたのかな?ってことは、客室には泊まれないってことだよね?うーん。聞いてみようかな?
その前にトイレ!トイレに行きたくて我慢していた!
トイレに並ぶとあまりにも暗い。懐中電灯をスタッフがもって照らしてくれる。
大変だ。
トイレに入って、水が使えないのでつかったペーパーをトイレに流さずに、別の袋に入れた。でも便器の中にはペーパーがいっぱい。手も洗えないので、消毒用アルコールをかける。
フロントに行ってメモを取り出して
「耳が聞こえません。駅員さんがここを指差していたんですけど、朝までいてもいいんですか?」と書く。「はい、大丈夫でございます!」と書いてくれる。そのことばに震災でも接客プロの根性を感じた!!
で、毛布はどこで貰えばいいのだろうか?わかんない。
とりあえず、階段のところに座る。
18時になる。暗いのであるくときには、携帯の画面の光をたよりに歩く。
携帯の電波が悪く、圏外になってしまう。
携帯SMS,MMSが通じない。やっと携帯Eメールが通じるようなので、夫のパソコンに試しに送ってみる。ツイッター登録してということと交通事情を調べて、と携帯Eメール送る。届いたかどうか分からない。その直後に圏外になってしまった。
ホテルの外に行ってみたが、圏外に。あれ??????どうしたんだろう???
地下でもないし。。。
何度もホテルの外に出る。でも圏外のまま。
どうしたんだろう?ツイッターできない。メールもできない。
状況どうやってつかめばいい???
懐中電灯があっちこっちにおかれてあるが
やはり暗い。
ろう者にとってはますます不安になってしまう。
じーっとしたほうがいい?でも暗くてこわいよー。
どうしたらいい?こんなときに?
ああ、ブギーボード(暗闇でもできる筆談ボード)持ってくれば良かった!!
私はパソコンをもってきていたので、パソコンを開く。
バッテリー時間、大丈夫やー。
携帯を見ても圏外だし。。。。
ロビーの中をうろついてみる。
大きな筒鍋がいっぱいおかれている。
その数が増えていく。
雨漏りがひどくなっている。
21時過ぎに、突然、ホテルのスタッフがアナウンスをし、
懐中電灯を照らした。
みんなが一斉に移動し始めた。
「???」
懐中電灯を振り回しているホテルのスタッフ(ちょっとしたおじさん?)に「耳が聞こえませんが、何があるのですか?」と書いたメモをみせる。でも口で何か言っている。ゆっくり、と言っても、全然口が見えない。
ダメだ、こりゃ。
訳分からないけど、ついていこう、だめだったらもどればいいじゃん。
みんなのあとをついていく。階段を下りていくようだ。
地下に移動していく。ん?両側にレストランが並んでいる?
ちょっとあるいたなあと思ったら、
明るくなっていた。ああ、光がある!ほっとした。
広場があって、段ボールがたくさん敷かれてあった。ホテルのスタッフが段ボールをあつめて敷いてくれた。(あとで、Mさんに聞くと、仙台駅の地下にあたるエスパルというところらしい)
ちょっと壁に背が当たれるような所を選んで座る。毛布もあった。
近くにコンセントがあるので試しに携帯の充電器を差し込んでみるがダメだった。明かりだけついているみたいだね。携帯の電池もなくなりかけているし、
エネループの充電用電池につなげる。携帯の電源も切る。
22:00ごろ、ホテルのスタッフがきて水とパン、クッキーなどを配りにきた。
グレーの公衆電話があって、みんな並んでいる。
災害用伝言ダイヤルなのね。で、ろう者はどうやってやるんだ?
携帯も圏外だし。
とにかく寝よう。とにかく寝て体力温存して、明日の朝、情報収集してあっちこっち歩き回ろう。
携帯も圏外だし、しょうがない。
ダメだ。眠れない。しょうがないからちょっとだけパソコンでデータ入力をする。30分ほどやったら眠くなってきた。寝よう。
3/12(土)
途中で寝返りを何度も打つ。それを繰り返し、途中4時頃トイレにいって、
寝てまた目が覚めて寝て、と繰り返していると
朝6時になる。(3月12日の朝)
トイレに行く。水が出ないので顔が洗えない。
床に座って、仙台駅に行ってもう一度情報を集めてみようかな?と思ったら、
ホテルのスタッフが新聞を配り始める。
新聞を受け取って読んでみると、
あまりの被害さに愕然。そんなにひどかったの?
知らなかった。。。。
(ここで、情報の差を知った)
じゃあ、東京に帰れないの???
7時過ぎに、ホテルスタッフが何か言っているよう。みんなに何か言っているみたい。周りにいる人たちが次から次へと立ち上がって荷物を片付けている。
新幹線が復旧?と思っていると毛布にくるまって残っている人も。
私は??と思って、メモに書いて
ホテルスタッフのやさしそうなお兄さんがとおりかかったときに
メモを見せる。「すみませんが、耳が聞こえません、周りの様子が分かりません。しんかんせんの方はどうなりましたか?」(メモ)
お兄さんスタッフは「はい、しんかんせんのふっきゅうはメドがたっていない。高速バスもまだ。ひなんじょがあります。近くまで案内します。ひなんじょにいたら交通情報も入るので、ごはんもある」と書いた。
そこで、お兄さんスタッフのあとについてホテルの外にでる。
お 兄さんスタッフが地図をわたしてくれて、小さな紙とペンも渡してくれて「よび」とメモする。地図を見せて「まっすぐいけばA小学校」と身振りで説明する。 「みんなのあとをついていって」と書いてくれた。「ありがとうございます」と手話でかえし、みんなのあとをついて歩いていく。
地図をもって、A小学校へ。
体育館の中に入る。体育館の前に仮設トイレが4つあった。
舞台の上が本部のよう。とりあえず舞台のところに行ってみる。
名前と住所をかく。
舞台の上にいる人にメモをみせて「耳が聞こえません。東京からきました。何かあるのか教えてください」。
舞台の上にいるスタッフ数人が顔を見合わせて何か話し合って
「新幹線はまだメドがつかない。高速道路はどうなんだろう?」と書く。
「どこにいけば情報が分かりますか?ケータイが圏外なので」(メモ)
「ここにいて下さい。ここが一番です。ここ(舞台の上)で楽して下さい」(メモ)と書かれ、舞台の上にある敷き布団の上に案内される。
ちょっとほっとする。本部の中のようだから情報が入るかな?
メモで対応してくれたスタッフが、「保健師」と言う。
しばらくしたら、視覚障害者のような方が舞台の上にくる。
どうやらM区に住む視覚障害者のよう。
同じ敷き布団の上で二人で座る。
保健師といったスタッフが、名前と住所を書くようにと を渡され、書く。
保健師スタッフがアナウンスがあった紙(原稿と思う)をみせてくれる。
「一人ですか?」とメモ。うんとうなずく。
しばらくして
「トイレにいってきます」(私のメモ)
「外にある仮設トイレを使って下さい」(保健師スタッフのメモ)
もどってくると、
「もうすぐ配給がきます」(保健師スタッフのメモ)
「ごはんの配給始まりました。私がもらってきますが、今は混み合っていますので少しお待ちください」(保健師スタッフのメモ)
あいかわらず携帯が圏外。
配給された食事(紙コップの中に入ったおかゆみたいなの)を食べる。
保健師スタッフから「紙コップ、わりばしは捨てないで下さい。また使います」とメモ。
まだ、ここにいないといけないの?とショック。。。。
避難所の外に出て、電波が届く所を探してみる。10分後アンテナが立つ。
メールは通じない。ツイッターならできる!!!
3/12 11:00ごろMさんにツイッターをする。すぐリプライがある。
いったん避難所に戻る。
12時半ごろ避難所に電気が通ったようで、天井のライトが付く。
すぐにコンセントに携帯のコードを差し込んで充電する。ツイッターもSMS,MMS,携帯Eメールもできた。でもウエブ検索ができない。
3/12 12:42夫にSMSして、バスを調べてほしいと。
ともかく携帯が圏外脱出のようで、ほっとして涙が出る。
「やっと携帯の電波がつながる。避難所で待機している。交通情報がつかめない。新幹線無理でも普通電車やバスで帰りたい。寒くて熱出そう」ツイッターで報告をする。
クラッカーの配給がされる。
受け取って、クラッカーを食べながら携帯の操作。
ツイッターを使って、交通事情について情報提供を求める。
そのときに、遠くにスケッチブックをもって周りに見せながら歩き回っている人がいる。
舞台の上にやってくる。
保健師スタッフが、その人と私を会わせてくれる。
そ の人が持っていたスケッチブックに「耳の聞こえない人いませんか?」と書かれてあった。その人(聴者)が私の前に座って手話で「困っていることない?」と 聞く。「東京から来た。交通情報が知りたい。」と手話でいうと、「2~3日新幹線は無理だろうのこと」と返事。絶句していると、「寒くない?」と聞かれ る。なので「寒い」というと、「分かった。私の家が近いので、毛布を持ってくる」とおっしゃった。「アナウンスとかコミュニケーションとかは?」と聞か れ、「今は、保健師スタッフがメモで書いてくれる」と手話で説明しながら、保健師スタッフが書いてくれたメモをみせた。メールアドレスを教えてもらい、手 話ができる聴者は舞台からおりていった。通訳者なのか、手話サークルのメンバーなのかは知らないが、ほんとうにほっとした。
家族(妹、母)からも連絡があった。ただし、妹、母がメールを送ったのは3/11の夕方あたりだった。それが今頃届くとは。
保健師スタッフさんから「水道も出るようになりましたよ」とメモをもらう。
よかったね、と拍手する。
疲れたせいか、ちょっと横になる。うとうととしてると
さっきの、手話の聴者がきて、毛布をもってきてくれた。古バスタオル2枚、靴下を1足。古バスタオルは腰や首にまけば寒さを防ぐことができるのこと。「もし帰ることがあったら、毛布はそのままにしておいて」とおっしゃった。
ツイッターで職場の先輩たちに交通方法についていろいろと尋ねる。
3/12 15:00以降、携帯が圏外になる。泣きたくなる。
17時頃、保健師スタッフさんがやってきて、「帰ります。ちゃんとあとのことは引き継ぎしておきます」と。
携帯のワンセグ(私のiphone用にはそういうのをまだ買っていなかったので)があれば。。。と思ったり、パソコンを持っているが、パソコンにつけるUSBのワンセグを家においてきたことを後悔したり、あれこれと持ってくれば良かったと後悔する。
そして、携帯が圏外になってしまったので、電波って軟弱。。と思う。
地震のときでも圏外にならない電波がほしいと思ったり。
19時頃、みんなが騒ぐ。アナウンスがあったが何かわからない。
補聴器にはいろいろな音が入っているが、アナウンスなのか、人の声なのか、足音なのか、ものが動いた音なのかさっぱりわからない。
どうやら、食事がくばられてるよう。みんなが次から次へとご飯をもっている。
配給なのか?と気づく。本部に誰もいない。
教えてくれないの?と思いながら、並んでみる。
舞台の上にいたので、みんなの様子が見えたことが幸いだった。
舞台の上ではなく、体育館の床の上とかだったら、みんなの動きが見えず、気づかなかったのかもしれない。。。もしくは寝ていたらどうなっていたんだろう。。。メモを隣にいる視覚障害者に見せても分かんないし、私の声も通じないし。
並 んでいるとき、舞台の上で私の隣で寝ていた視覚障害者の分は?と気づく。そのときに私の番になったので、もらってきて、その方に渡す。誰もその方に食事を 配っていなかったようだ。足が悪くて歩きにくいようなので、並べないようだ。おまけに、私たちがいるところは舞台の上で、舞台の下にいるひとたちとは離れ てるので、すぐに動きにくい、声かけにくい場所と気づく。
別の行列もあるようで、なにかコップみたいなのを抱えているので、何だろうと思って、お昼に貰った紙コップをもって並んでみる。私の出番になったときにみそ汁と分かった。それを舞台の上に持ち帰って、隣に座っている視覚障害者の方に渡す。
食事はみそ汁とおにぎり。冷えているけど助かる。
食べ終わって2時間後に、おじさんスタッフがやってきて身振りで「たべた?」と。
本部に何人かスタッフがもどってきたようなので、
「耳が聞こえませんので、アナウンスなどはメモ下さい。何か情報あれば書いて下さい」とメモをみせると、「大丈夫」と言われる。
マイクの機械?のようなものがもちこまれたようで、誰かがマイクもって話している。
周りの人に「何ですか?」と聞いてみると「大丈夫」と。
気がついたら、舞台の上にラジオがある。
「何か情報あります?」とラジオの内容を聞こうとしたら「うん、まってね」と、それっきり。
自力で情報収集しないと、と思い、携帯が圏外なので
明日は直接仙台駅に行って聞いてこようと思う。
でも荷物はどうしよう。。。荷物を避難所に置いてもいいのかな?それとも持っていこうかな?あれこれ考えてしまう。
本部にある机の上にパンフレットがあることに気づいて
ちょっとみてみたら、
外国人サポートに関するパンフレットだった。英語、中国語、韓国語などによるサポートが受けられる電話番号などの案内。
えーっと、障害者やろう者のためのサポートのパンフレットないの?
携帯のアンテナが戻ったら調べよう。
3/13(日)
うとうとしながら、携帯で時刻を確認するというのを繰り返して、3/13の朝3時ごろ、アンテナが3本立っていることに気づく。
とたんにメールがドッとくる。3/12に送ってくれたものばかり。
ツイッターで現状報告をたくさん書く。
船酔いのような感覚が続く。
6時ごろ、携帯が圏外になり、どうしようと思ったが、すぐにアンテナが3本たつ。
夫、父からメールがくる。ツイッターで職場の先輩たちや友人たちがいろいろな交通情報を送ってくれる。きっと、みなさん寝ていなかったのだろうか??
ようやく、7時半ごろにツイッターでMさんから連絡があり、
Mさんが、山形に実家があり、山形から帰る方法があるので、一緒に山形に行きませんか?と。
すぐにもお願いしますとリプライをする。
新聞が配られたので、それを読んでみる。悲惨な地震であった。宮城だけではなく岩手まで。。。
ノートパソコンの充電をする。
なんか向こうにみんなが集まっているようなので、何かあるのかな?アナウンスがあったのかな?と思って行ってみると、携帯を充電するために集まっていたようだった。
壁とかに様々な情報の紙をはってくれたらいいのに、と思ったり。
Mさんと山形に行くメドがついたので、夫や父に連絡する。
避難所の掃除やゴミ拾いをする。アナウンスがあったが、私は分からなくて、
周りの人の行動をみて、あわててやる。サルみたいでくるしい。
ようやく、12時前になって、携帯のメールがほとんど通じるようになってきた。ホントにツイッターがなかったらほんとうに無理だったと思う。
ツイッターが通じてメールが通じないのもおかしい。
その同時に、情報リテラシーってむずかしいと。
携帯が使えない高齢ろう者、ろう者たちはどうするんだろう。。。
自分から「書いて下さい」とお願いしたり情報を求めたりすることがなかなかできないろう、難聴、聴覚障害者の現状に思いをはせる。
「書いて下さい」とお願いしても「ああ、分かった」と言われたりめんどくさそうに対応されたりひどいように扱われたりすることが積み重なると、
自分から行動を起こす力を奪われてしまう。
そういった現状にいたったのは
ろう、難聴、聴覚障害者自身ではないということを、
どこまで社会は分かっているのだろうか。社会はそんなことはないというが、現実をどこまで分かっているのだろうか。
12時過ぎにMさんと合流。Mさんのお父様が山形から迎えにきていたらしい。お父様の運転で、Mさん夫婦と一緒に、山形に向かう。
疲れてしまい、車の中でうとうと。
山形に入って目がさめたら、Mさんが携帯で宮城の聴覚障害者もしくは自分の大学の学生たちの安否情報を一生懸命確認してる。Mさんも疲れているのに。
Mさんと山形から帰る方法について話し合い、
山形から新潟までのバスがあるセンターまで行き、切符の予約をする。
16 日の切符しかとれず。バスセンターは人混みがひどい。みんな仙台から避難したのかな。新潟までバスでいって、新潟から東京まで上越新幹線という方法もある ので、とりあえず、16日のバスのルートはおさえた。あとは飛行機で帰る方法を確保するだけだ。職場の先輩たちや妹に協力をもらって飛行機の情報をもら う。Mさんのご実家に滞在させていただいた。そして、携帯で航空券の確保に集中し、15日東京に戻る航空券を確保できた。Mさんのご実家でいただいた温か いご飯にどれだけ救われただろう。。。
3/14(月)
昨日、寝るときに気づいた。やっと補聴器と,メガネを外せたことに。11日夜、12日夜、ずっと補聴器やメガネを外さずに寝ていたことに。
(どれだけ自分が情報を得られなかった、音声情報の内容が分からないことの不安がどれだけ大きかったか、だから補聴器をつけて寝ていたんだ。。。と)
飛行機で帰る日まで、Mさんのご実家にお世話となっている。
M さんがインターネット、携帯などを酷使して宮城のろう者協会と連絡取り合いながら、宮城の聴覚障害者もしくは自分の大学の学生たちの安否確認および安否情 報発信作業を行っている。Mさんの状態がよくなさそう(くまができている)。早く、支援体制ができてほしいと思わずにはいられない。同時にろう、難聴、聴 覚障害者のメンタルヘルス支援も考えてもらいたい。
3/15(火)
飛行機に乗って、飛行機の窓から東京が見えてくるとホッとするとともに、震災の悲惨さを痛感する。
※ 避難所にいながら書いたものなので、文章の間違い、誤字脱字があってもできるだけ修正せずにそのままにしています。当時の不安などがよくわかると思いますので。
※ なお、赤字のものは帰京して日記を読み直して後日思ったことです。
※ ツイッターやiphone関係の用語がたくさんありますがご承知ください。
今回の東日本大震災(東北太平洋沖地震)ではTwitterなどのソーシャルネットワークを中心にリアルタイムでさまざまな情報がとびかいました。電話やメールに通信規制がかかる中インターネット上のサービスは今まで通り動いていたように感じます。そのなかで多くの情報が飛び交いました。正しい情報もありましたし、うその情報(ガセネタ)も流れました。
いろいろな情報が飛び交っていますが、Googleが臨時に作った以下の災害情報サイトがよくまとまっているように感じました。
http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011.html
また、被災した仙台で発達障害のみなさまを支援している「認定特定非営利活動法人 みやぎ発達障害サポートネット」さまは被災後も支援活動を続け、現地で頑張られています。「みやぎ発達障害サポートネット」のブログ「虹っ子広場」は被災後も毎日、現地から情報発信されています。
▼虹っ子広場
http://blog.canpan.info/mddsnet/
仙台にいる発達障害のお子様の現状は虹っ子広場様のブログを読むと現状がわかりやすいのではないかと感じます。そして、義捐のお願いも掲載されていました。私もお付き合いがある支援団体の皆様の現状を改善するため5000円を寄付しました。何らかの形でのさらなる義捐ができればと思い、以下に義捐についての文章を転載させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。
東北地方太平洋沖地震に直面しています。
発達障害のご本人とご家族の「あったらいいな」を叶え「未来を創る」歩みを、こんなことで止めることはできません。
皆様の応援をお願いします。
ゆうちょ銀行
記号:18140
番号:26397141
口座名義:特定非営利活動法人みやぎ発達障害サポートネット
しちじゅうしちぎんこう
七十七銀行
なかけちょうしてん
名掛丁支店 普通口座
口座番号:5958962
口座名義:特定非営利活動法人 みやぎ発達障害サポートネット 理事長 大塚美智子
みやぎ発達障害サポートネットは、宮城県所管唯一の認定NPO法人です。
¥5,000以上のご寄付をいただきました個人や法人の方には、寄付金領収書を発行させていただき、年度末の控除を受けていただける税制優遇対象となっています。
いろいろな情報が飛び交っていますが、Googleが臨時に作った以下の災害情報サイトがよくまとまっているように感じました。
http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011.html
また、被災した仙台で発達障害のみなさまを支援している「認定特定非営利活動法人 みやぎ発達障害サポートネット」さまは被災後も支援活動を続け、現地で頑張られています。「みやぎ発達障害サポートネット」のブログ「虹っ子広場」は被災後も毎日、現地から情報発信されています。
▼虹っ子広場
http://blog.canpan.info/mddsnet/
仙台にいる発達障害のお子様の現状は虹っ子広場様のブログを読むと現状がわかりやすいのではないかと感じます。そして、義捐のお願いも掲載されていました。私もお付き合いがある支援団体の皆様の現状を改善するため5000円を寄付しました。何らかの形でのさらなる義捐ができればと思い、以下に義捐についての文章を転載させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。
東北地方太平洋沖地震に直面しています。
発達障害のご本人とご家族の「あったらいいな」を叶え「未来を創る」歩みを、こんなことで止めることはできません。
皆様の応援をお願いします。
ゆうちょ銀行
記号:18140
番号:26397141
口座名義:特定非営利活動法人みやぎ発達障害サポートネット
しちじゅうしちぎんこう
七十七銀行
なかけちょうしてん
名掛丁支店 普通口座
口座番号:5958962
口座名義:特定非営利活動法人 みやぎ発達障害サポートネット 理事長 大塚美智子
みやぎ発達障害サポートネットは、宮城県所管唯一の認定NPO法人です。
¥5,000以上のご寄付をいただきました個人や法人の方には、寄付金領収書を発行させていただき、年度末の控除を受けていただける税制優遇対象となっています。
東北地方太平洋沖地震により被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
緊急な通信を優先する必要があると考えたため、当面は緊急のお知らせ・地震関連情報を除き、サイトの更新を差し控えさせていただくことにしました。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。どうぞ、よろしくお願いいたします。
このたびTwitter上にて東北地方太平洋沖地震で被害を受けられた図書館の状況について情報がまとめられておりました。ハッシュタグは#jishinlibです。
http://twitter.com/#!/search?q=%23jishinlib
「savelibrary @ ウィキ - 東日本大地震による図書館の被災情報・救援情報」も参考になります。
http://www45.atwiki.jp/savelibrary/pages/52.html
被災した皆様へ東京から何が支援できるのかとともに、図書館の復興にできることは何かも上記の情報からも検討したいと考えております。
緊急な通信を優先する必要があると考えたため、当面は緊急のお知らせ・地震関連情報を除き、サイトの更新を差し控えさせていただくことにしました。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。どうぞ、よろしくお願いいたします。
このたびTwitter上にて東北地方太平洋沖地震で被害を受けられた図書館の状況について情報がまとめられておりました。ハッシュタグは#jishinlibです。
http://twitter.com/#!/search?q=%23jishinlib
「savelibrary @ ウィキ - 東日本大地震による図書館の被災情報・救援情報」も参考になります。
http://www45.atwiki.jp/savelibrary/pages/52.html
被災した皆様へ東京から何が支援できるのかとともに、図書館の復興にできることは何かも上記の情報からも検討したいと考えております。
以下、転載・転送可とのことです。
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みなさん、こんにちは。国立民族学博物館の広瀬浩二郎です。
いつものようにBCCメールにて失礼いたします。普段は「どうでもいい宣伝」
ばかり送っていますが、本日は同じ宣伝でも「真面目な内容」です。
1月16日に東京の目白駅で視覚障害男性のホームからの転落事故が発生し
ました。犠牲となった武井さんは僕の中学時代の後輩で、不運にも進入してき
た電車と接触し死亡しました。まさに僕にとっては「他人事ではない事故」で
した。
この事故がきっかけとなり、NHKが「ホーム転落事故をどう防ぐか」とい
う番組を作りました。「欄干のない橋」とも称されるように、視覚障害者にと
って駅ホームが非常に危険な場所であることを検証する番組です。
この番組に僕はコメンテーターとして出演します。昨日、東京のスタジオで
収録を終えました。正直なところ、限られた時間だったので、言いたいことを
十分言えなかったような気もしますが、視覚障害当事者としての率直な思いを
語りました。
NHKも総力取材をし、全体としてはいい番組に仕上がっていると思います
。やや優等生っぽいコメントになりますが、まずは本番組を一人でも多くの方
にみていただき、視覚障害者の歩行の現実と駅ホームの危険性を知っていただ
きたいと心から願っております。
本メールの転載・転送は自由です。みなさんのお知り合いにも番組のことを
伝えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。 広瀬浩二郎
番組名: 福祉ネットワーク「ホーム転落事故をどう防ぐか」(NHK教育
テレビ)
放送日時: 2月9日(水曜)20:00~20:29(再放送は16日12:
00から)
[注]掲載されている情報はリンクフリー・転載の許可の有無が明記されていな場合は、基本的に管理者の方にご確認して掲載しております。片岡麻実が調べて掲載しているものですので、すべての情報が網羅されているわけではございません。
